悩みは敢えて打ち明けなくても良いと思う話

目安時間:約 9分

悩みは敢えて打ち明けなくても良いと思う話

 

 

悩みや自分の中の闇が深ければ、

場合によっては、敢えて人と共有しようとしなくても良いんじゃないかなという話です。

 

もちろん話したければ話したほうがいいですが、

無理してそのことを話さなくても、違うことを話しても良いのではと。

 

いずれにせよ、話自体はしたほうが良いことが多いですが、

今日はそんな感じの話です。

 

 

気持ちの逃げ場所として

 

私のことですが、

昔のことはそんなに覚えてなくて、

 

でも、20歳位までは本当に隙あらば自殺しようと考えてたくらいで

 

他の人と比べて話ができない、

 

そのことについて自分でなんとかしたくてもうまくいかない、

 

うまくいかないことを人に責められる度に、

生きてきてしまったことを責められている気しかしなくて。

 

 

 

それでも人と関わらないと生きていけないけれど、

人と関わりたくても上手く関われなかったりして、
関われないとわかっていながら、それでも関わることに憧れていろいろやってきましたが。

 

 

 

今回は、そういう私の気持ち的な逃げ場所だった場所を、

ここでご紹介してみます。名前は伏せますが。

 

 思い入れの深かった場所

 

自殺するならここから飛び降りようと思っていた場所があって。

 

その場所は、そういうこともよくあると言われている場所でした。

今回は、特に自殺するつもりはありませんでしたが、
それでもある意味思い入れが強かったので、一度くらい行ってみようと思ったのです。

そして、その場所を初めて訪れました。

 

 

普段から「死にたい」の代わりによく「◯◯行きたい」と思うことがあり、
それは私の中では死にたいことと同義だったんですね。

 

写真等も含めて伏せますが、もしかしたら有名なので
調べたことがある方はわかるかもしれません。

 

 

 

紅葉の穴場スポットと呼ばれる場所で、
私が行ったときは、残念ながら紅葉は若干残っている程度で

ほぼ終わっていましたが、
観光バスで来たと思われるお客さんがたくさんいました。

 

 

 

しばらくして観光客は去っていき、
私はその場所から、下を眺めてみました。

 

 

 

普通に画になりそうなその景色は、断崖絶壁は、激しく流れる川は、
過去どれだけの人を吸い込んでいったのか。

その景色は美しく、ある意味で魅惑的で。
最後ぐらい良い場所で…っていうのは、それなりに叶えられてしまうのかもしれません。

 

 

 

でも、紅葉の時期を選んだのなら
とても寒い思いをしたんだろうな…と切なくもなりました。

 

 

 

 

一通り見てから、帰りにその場所の近くにある売店で
牛乳を買って飲みました。

 

なぜ牛乳かというと、私がそのときお金をほとんど持っていなくて
その一番安い牛乳しか買えなかったからです。

 

 

 

売店の女性が、買っていくお客さん一人ひとりに声をかけていました。

「どこからきたの?」「◯◯です」「◯◯ー?よくきたね〜」という感じ。

 

 

たぶん地元の人が多い中、私は比較的遠方でしたが
それでも私の地元のことを知っていたようで、話をしてくれました。

 

その方は、私の地元についてかなり詳しくて、
「縁があるんだよ〜」と言った感じで。

とても明るく接してくれました。

 

 

 

 

私ではなく、他の人に話をしているのを聞いてしまったのですが
そういうことがよくある場所のため、
こういう感じで話しかけているとのこと。

 

 

もしかしたら、少し話をするだけで救われる人もいるかもしれません。
私も、もしもう少し病んでいる時にきていたら
話をしてくれたことで楽になっただろうなと、思いました。

 

最期を自分で決めるということ

 

自殺は、思った以上に呆気ないものです。
やってしまえばそれで終わり。

 

私が過去勤めていた職場で、亡くなった方がいて
私はあまり面識はなかったのですが、

出棺に立ち会った時に
「こんなに呆気ないものなんだ…」と思って。

 

 

 

本当に親しい人達だけの場とか、
「舞台裏」ではどうなっているのかわからないけれど

なんだかとても事務的に見えたのですね。

遺族の方も、口では別れを惜しむけれども、感情までは伝わってこなくて。

 

挨拶も、なにもかも、なんだか物凄く淡々と……。
淡々とせざるを得なかったのかもしれないですが。

 

 

 

その後、葬儀の次の日からはいつもどおりの業務に戻り、

 

人によっては腫れ物を扱うようにそのことに触れない、

 

なんだか表面的には「何もなかった」ようにみえて、
というか、「何もなかったようにさせられて」

 

水面下ではいろいろと狂ってしまったような……。

 

 

 

 

社長や上司達は、言ってくれれば……と言ってましたが
人に打ち明けるなんてそんなに簡単にできることではないですよね。

 

自分も消耗するし、相手にも間違いなくダメージは与えてしまうだろう、

それに相手が「解ってくれる」保証はまったくないわけだから。

 

相手に話を聞ける器がなかったら、

もしかしたら自分が話をして傷ついて、それで終わりかもしれない。

 

 

そう考えると、簡単には、できることではないと思います。

 

たとえ聞く側が、自分は大丈夫だから、といったとしても、
そういう問題ではないこともたくさんあります。

 

まとめ

まとまらないまとめですが、

 

こういうときって、悩んでることそのものを話さなくてもいいのではないでしょうか。

重ければ重いほど、自分にもダメージ大きいので、

つらい中無理して「悩みを打ち明ける」必要はないのではないかと。

 

本当に当たり障りない話をするだけでも

だれかと話をするってだけでも、変わるものはあるんじゃないかなと思います。

 

 

 

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